別の世界

 夜、目が覚めると明かりを消した部屋にぼんやりと光があった。見ると、光は寝ている僕の足元のほうにあった。そして、そこには黄土色の階段があった。

 階段は小窓の付いた壁面に沿って上にのびていた。僕は目をこすり、少し頭をはっきりさせた後で、その幻覚かと思われる階段を試してみることにした。

 一段の高さは十五センチほどだった。奥行の短い階段だった。最初の一段に左足を置いてみると確かにそこには段があった。恐る恐る今度は右足を浮かべ、二段目へと足を置いた。数段上ると、天井に頭が届きそうになった。手を伸ばして天井に触れようとした。すると、手は天井をすり抜けた。

 天井をすり抜けた僕の目に飛び込んできたのは、光だった。僕は思わず目を閉じた。少したって目を細く開けると、緑と青が見えた。草と空のようだ。天井の上は上階の部屋ではなく、夜でもなく、昼の野原だった。僕は地下から地上に頭を出したモグラのようなものだった。

 多少の不安を感じつつ、思い切って穴から出るとだだっ広い野原だった。野原は楕円に開けているようで周囲を木々に取り囲まれている。とにかく広大だ。植物のほか何も生命の気配は感じられない。しゃがんで手で地面をかき回してみても、アリもバッタもクモもダンゴ虫も何一つ見つからない。たった今、僕が出てきたばかりの場所は黒い円の形をした口のようになっていた。その下にあるはずの部屋は少しも見えない。僕は少し付近を歩くことにした。

 静かである。そして、なんとなく落ち着かない場所だ。どたりと草の上に仰向けに寝転んだ。空は青く、晴れている。が、なにかがおかしかった。よく見ると、太陽がない。こんなに光があるのに。光はどこからやってくるのだろう。僕は立ち上がって光の方向を確かめようとした。ところが、影がなかった。さきほどから感じていた落ち着かなさはこれのせいだったのかと思った。見るもの見るもの全てが平板だった。僕は穴のあった場所に戻った。穴はまだあった。そうっと足を踏み入れると、階段らしきものに足底が触れた。

 部屋に戻ってからも依然として階段は残っていた。眠れそうもないので明かりをつけた。すると、階段は消えた。僕はさっきまで階段のあった場所を手さぐりしたが、やはりもう階段はなかった。(2010.09.13)