朝雲

今朝、目を覚ましてベランダに出ると、向かいの山に一筋の雲が棚引いていた。そのこと自体は別段珍しいことではなく、自然の日々の営みなのだが、今朝、俺の気持ちはその景色にすっと引き込まれていった。俺はその景色に非常な懐かしさを感じた。およそ令和2年的な感慨ではなく、むしろ昭和的なセンチメンタルな気持ちだった。大学時代に読んだ松下竜一の『豆腐屋の四季』的な気持ちだった。俺は自分の心が洗われるような心持ちがした。世界は美しいと感覚した。自分の言行の一切が今からはこの世界を良くしていくためだけに働いて欲しいと思った。もちろん、それらの思いは次の瞬間には消え去るものだ。現実はセンチメンタルなものではない。松下竜一もその後、甘くない市民運動へと身を投じていった。炒り卵と餡パンを食べ、俺は今日という日の営みを始めた。